東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 宮下研究室

研究概要

統計力学・物性基礎論を理論的に研究:特に、
(1) 相転移・臨界現象、
(2) 秩序形成に伴う非平衡現象、
(3) 強く相互作用している量子系の秩序形態の特徴、
(4) 時間的に変動する外場のもとでの量子ダイナミクス、
などについて研究を進めている。
協力現象の統計力学に関しては、いろいろな新しいタイプの相転移の発見、 その機構解明に努めている。特に、23 年度は、我々のグループが提案してきた、 構成要素の体積変化によって生じる実効的長距離相互作用系での秩序形態、 秩序形成や、熱力学的極限が取れない長距離相互作用系での特異な熱力学的振る舞い、 さらにはエントロピー効果のため複数個の秩序状態が混合して存在する 混合相の機構などについて研究を進めた。
また、クーロン相互作用系での確率過程の数学的 定式化についても研究を進めた。さらに、熱電効果 など輸送現象の一般理論についても研究を行った。 量子統計力学に関しては、外場による駆動と散逸 過程の競合、あるいは相乗効果によって引き起こさ れる実時間量子ダイナミクスの機構解明・制御、非 平衡相転移を研究した。また、高次スピン系での可 解模型での境界条件に関する研究も行った。

Topics

相転移・協力現象(非平衡含む) ダイナミクス 非平衡統計力学 量子統計力学

長距離相互作用のもとでの協力現象

スピンクロスオーバー物質、電荷移動物質、ヤン・テラー系、マルテンサイト系など格子の局所的な構 造に双安定性がある場合、それらの状態の間のスイッチを磁場や光、圧力、温度などのパラメターによっ て制御でき、機能材料として注目されている。これらの系はこれまで、その双安定性を表すイジングモ デルでモデル化でき、強磁性体の相図を用いて、平衡状態、準安定状態がどのように温度の関数として 表されるかについての系統的な分類に成功し、隠れた相の発見に成功してきた。[55] さらに、これらの 系の新しい特徴として、通常のイジングモデルとは異なり、局所状態によって格子構造が異なり、格子 変形による弾性相互作用により実効的な長距離相互作用が生じることを発見し、その特徴を調べてきて いる。[23]

長距離相互作用の特徴の一つは、空間的に不均一なクラスターを作らないことである。しかし、格子 変形による長距離相互作用系と最近接相互作用が共存する場合には、後者のために局所的なクラスター 化が引き起こされる。特に、臨界点直上での相関長は前者だけの場合はゼロであるが、後者の場合には 無限大である。この二つの相互作用の強さの割合の変化に伴う秩序形態の移り変わりについて、まず、 固定した格子上で完全な長距離相互作用と最近接相互作用が共存する系において調べた。相転移自身は 少しでも長距離相互作用が入ると長距離相互作用系のものになり、臨界点直上でも相関長は発散しない という特徴を持つ。しかし、短距離相間は最近接相互作用の大きさに応じて増大する。この様子を表す スケーリング関係を導き、詳しいモンテカルロ法を用いて検証した。[3] 図1.1.1 に、ビンダーパラメー タと呼ばれる量を用いた臨界点の同定の様子を示す。系が大きくなるに従って、交点が短距離的な値(0.6 付近)から長距離系での値(0.27 付近)へ移行する様子がわかる。長距離相互作用が実効的に現れる弾 性相互作用模型でも同様な関係が成立することも明らかにした。[8, 55, 21]

Binder plot

長距離相互作用のもとでは系の均一化が起こり、平均場理論が成り立つことが期待される。確かに、無限 レンジモデルでは厳密に平均場近似が成り立ち、そうでない場合にも非加法的な相互作用を持つ系では、 秩序変数が保存しない場合の平衡状態に関しては自由エネルギーが繰り込まれたパラメータをもつ平均 場理論の自由エネルギーと厳密に一致する。しかし、格子ガス模型など秩序変数が保存する場合には、一 般に二相共存など巨視的な不均一が起こる。このような場合は平均場理論での二つの巨視的な安定状態 の和として表されてきたが、長距離相互作用系ではそのような描像が成り立たない領域があることを発 見した。この領域では、カノニカル集団とミクロカノニカル集団での熱力学的振る舞いが異なるという 熱力学的に異常な状況となっており、その特徴について詳しく調べた。また、スピングラス系などラン ダム系への拡張も行った。[11]

上でも述べたように、長距離相互作用の特徴の一つは、空間的に不均一なクラスターを作らないことであ るが、完全な長距離相互作用系(Husimi-Temperley模型)以外では、マクロな境界の影響で、双安定の 状態間でのスイッチ(スピノーダル現象)時の移行過程では巨視的なドメイン構造が現れる。そのドメ イン(臨界核)の構造は、短距離相互作用系では系全体の大きさに依らないミクロなものであるのに対 し、長距離系では系の大きさに比例することを発見した。このことは、スイッチ時の系の移行が系の大 きさに依らず相似的なものになることを意味し、巨視的核生成(macroscopic nucleation)と名付けた。 [38, 54, 6] 同様な、巨視的振る舞いはドメイン壁構造についても現れること(図1.1.2)や、その伝搬に ついても研究を進めた。さらに、ストレスによる亀裂発生機構についても研究を進めている。[55, 21] ま た、このような長距離相互作用系での秩序形成ダイナミクスをマスター方程式の立場からの研究も進め てきた。本年度は、特に、この系でのゆらぎのあり方に関しての考察を行った。[4]

Domain wall


長距離相互作用である双極子相互作用と近接強磁性相互作用の競合によるスピン秩序構造として、実 験的に実現されている中空の球殻での強磁性体の秩序構造についても解析した。双極子相互作用が強い 極限では、スピンは緯線にそった環状の構造を示し、近接強磁性相互作用が増加するにつれて経線方向に そろうように変化することが明らかになった。[20]

量子応答:光と物質の相互作用による協力現象

また、量子系では動的現象にもトンネル現象など特徴ある振る舞いが現れる。それらの発見とその機 構の解明を進めてきた。量子系のコヒーレントな運動は、古典的にはない様々な特徴を備えており、そ の積極的制御は新しい情報操作(量子情報)において重要な役割をする。われわれはこれまで、動的な 外場に対する量子力学的応答をミクロな立場から研究し、離散準位系の状態変化におけるLandau-Zener 理論の役割、またそこでの散逸効果などを調べてきた。また、外場に対する応答は最も重要なテーマの 一つであり、これまで強く相互作用している系の共鳴スペルトルなどに関する直接数値計算法の開発や、 非平衡系での量子マスター方程式の定式化などを行ってきた。[2]

今年度は、光と物質の相互作用という観点から興味が持たれている物質のエネルギー準位と共振器(cavity) の光子との結合に関して研究を進めた。キャビティ内のスピンあるいは原子間に直接的な相互作用 がない場合でも、光子との結合によってこの系には興味深い協力現象が現れる。量子マスター方程式を 用いて、多数のスピン(原子)を含む系が外部からの駆動に対してどのように応答するか、それが駆動 力の強さによってどう変わるかを調べた。弱い外場でのいわゆる真空ラビ分離と呼ばれる強結合量子状 態から、強い外場での古典的なラビ振動状態への移行機構について明らかにした。[10] 図1.1.4 に、共 振器内の光子数の変動の様子を示す。

Average number of cavity photons

多数のスピン(原子)を含む場合、密度行列を扱う量子マスター方程式では数値計算の際、記憶領域に困 難が生じるが、新しいアルゴリズムを開発し、かつパラレル化を進めることで大きな系が扱えるプログラ ムをスーパーコンピュータ「京」のプロジェクトとして開発した。(ナノ統合シミュレーションソフトウェ アライブラリ: Portal site for Application Software Library: quantum-dynamics-simulator)[56]

さらに、巨視的なスピン(原子)を含む系で起こる相転移現象として、駆動力と散逸項のバランスが不連 続に変わる非平衡相転移である光双安定性(optical bistability)と呼ばれる現象と、光子・物質の相互作 用によって引き起こされる平衡状態の相転移であるDicke 相転移が知られている。これらの相転移を統一 的に理解するため、これまでの簡便な量子マスター方程式を改め、強い相互作用、かつ強い駆動力のも とでの現象を扱うことのできる量子マスター方程式を構築した。それを用いて、パラメータ全域での定 常状態の相図を求め、強相間、強励起下での新しい現象を明らかにした。[37, 43]

量子相

量子系では、不確定性関係を反映して古典系では見られない新奇な状態が現れる。特に、相互作用に 競合があるフラストレート系では、量子効果と相乗して多様な状態が出現する。この典型例として、か ごめ格子上の反強磁性体ハイゼンベルク模型がある。さらに、スピン状態の量子的混合をもたらすジャロ シンスキー・守谷相互作用がある場合が注目を集めている。われわれは、スピンの大きさが副格子上で 異なる場合の基底状態、低励起状態を調べた。[5]

また、遍歴電子系における強磁性体のモデルである長岡強磁性の機構に関する研究を進めてきており、 非磁性・磁性転移の断熱変化などを研究してきた。特に、化学ポテンシャルの制御による転移機構を発見 し、新しい分子磁性模型を提案している。[2]

エントロピー効果による混合相の研究

熱力学的な相の形成に関するエントロピー効果についても研究を進めた。エネルギー構造に擬縮退構 造がある場合、複数個の状態が混合した相が現れることが3 次元6 状態クロックモデルやアスキン・テ ラー模型などで明らかになっており、三角格子反強磁性体でのいわゆる部分無秩序相との関連が明らか にされている。しかし、このような混合相は通常の均一相とは性格が異なりその統一的な理解が無かっ た。そこで、Zn 対称性を持つスピン系のエネルギー構造を一般的に考察し、混合状態が独立した熱力学 的な相として現れる一般的な機構を調べた。特に、より多くの状態の混合相の存在や、混合相間の逐次相 転移などを明らかにし、混合相の相図を制御する方法について明らかにした。図1.1.3 に6 状態クロッ ク模型で、近接する状態、次近接、次々近接の相互作用が1:10:100 の場合に、高温から、無秩序状態、 3 状態の混合状態、2 状態の混合状態、強磁性状態と逐次相転移が起こる様子を示す。[20] (図1.1.4)。

Mixed phases

確率過程: Dunkl processes

Dunkl operators と呼ばれる微分差分演算子によって、多次元ブラウン運動の一般化が定義できる。そ ういった確率過程がDunkl processes と呼ばれ、数学的な研究対象として盛んに調べられている。この 模型は確率過程のDyson’s Brownian motion modelなどの様々なモデルとの深い関係を持っているおり、 その物理的な解釈、特徴、応用などを調べている。この演算子はCalogero-Moser 系などの可積分系に応用 されているが、それらとの関係についても研究を進めている。[36, 42, 52]

量子系における散逸、緩和現象、操作

量子準位間のラビ振動の緩和機構に関して、各原子が置かれた環境(磁場分布、磁気異方性)の効果 を取り入れたシュレディンガー方程式を直接計算法によって研究をすすめ、緩和時間と駆動力強度の関 係を明らかにし、さらに多数の原子を含む系での磁気原子間の双極子相互作用によるデコヒーレンスを 大規模な数値計算によって明らかにした。[7] また、量子力学における個別イベントに関する確率解釈に 関して、古典的な機構との違いを明らかにするための実験スキームを提案した。[9]

輸送現象

非平衡統計力学は、最近非平衡揺らぎの分類に関して目覚ましい進展をみせている。揺らぎの定理は その典型である。我々は近年の揺らぎの定理を量子輸送現象で検証することを試みている。[12] またそれを超えた詳細な重要性質としての候補が相加性原理であり、それを検証発展させる試みも行っ た。エネルギーやエントロピーなどに関する相加性は、平衡熱力学を支える大事な性質の一つである。こ こでいう非平衡系の相加性は、エントロピー生成の分布を考える時に得られる大偏差関数に関する相加 性である。この相加性を仮定すると、巨視系の拡散的輸送現象におけるカレントゆらぎの性質が、定量 的に決定されてしまう。その意味で大事な概念であるがその妥当性をめぐって十分な検討がなされてい ないのが現状である。そこで、様々な輸送形態を与えることが分かっている3次元調和格子を使ってこ の相加性の妥当性にせまった。[15]

また、平衡系でのクラウジウスの表現を自然に拡張し、量子非平衡状態でのエントロピーを提案した。 [14] この非平衡エントロピーは平衡に近い非平衡系で定義されるものであるが、これがどのように意味 があるかを理解するためには、今後の研究が必要である。

非平衡定常状態を理解する上で、定常分布がどのように与えられるかを考えるのは、非常に重要であ る。一般にはそのような研究は難しいが、ハミルトニアンが2次形式で与えられる時の非平衡系では可 能である。特にボソン系で考えると、系の物理量に対するコバリアンス行列と定常状態の密度行列は、 シンプレクティック行列で結びついていることが分かった。[16]

近年、微小系熱力学において重要性を増している熱効率の一般論を展開し、カルノー効率と仕事率の 関係を考察した。具体的なモデルで考察するために磁場反転に関してゼーベック係数が非対称になるモ デルの提案を行った。[13, 17]

大きなスピンを持つ可解系

相互作用する多体系において、熱力学的性質に関して分配関数や量子系での基底状態を厳密に求める 可解模型に関する研究も進めている。代数的ベーテ仮設法を用い、自由境界の効果について、スピン1 の系での基底状態の様子を明らかにした。また、超対称サイン・ゴルドン模型を用いて、量子可積分系 における境界条件が基底状態におよぼす影響を調べた。基底状態中に含まれる境界束縛状態の様子が明 らかになった。さらに、離散系における非線形方程式と超対称サイン・ゴルドン模型の状態との対応関 係を明らかにした。[19]

年次報告

2011年度年次報告
2010年度年次報告
2009年度年次報告
2008年度年次報告
2007年度年次報告
2006年度年次報告
2005年度年次報告
2004年度年次報告

受賞・論文リスト(2011)

受賞

[1] Seiji Miyashita: Docteur Honoris Causa: Universite de Versailles Saint-Quentin-en-Yvelines (France), 18 October 2012.

原著論文

[2] S.Miyashita, Quantum Dynamics under Time-Dependent External Fields, J. Compt. Theor. Nanoscience 8, 919-936, (2011).
[3] T. Nakada, P. A. Rikvold, T. Mori, M. Nishino, and S. Miyashita, Crossover between a short-range and a long-range ising model, Phys. Rev. B 84, 054433(2011).
[4] I. Gudyma, A. Maksymov and S. Miyashita, Noise effects in a finite-size Ising-like model, Phys. Rev. E 84, 031126 (2011).
[5] S. Mohakud, K. Hijii, S. Miyashita and S. K. Pati, Effect of Dzyaloshinskii-Moriya Interactions on Kagome Antiferromagnetic Clusters, J. Phys. Chem. Sol. 73, 374-383 (2012).
[6] M. Nishino, C. Enachescu, S. Miyashita, P. A. Rikvold, K. Boukheddaden, and F. Varret, Macroscopic nucleation phenomena in continuum media with long-range interactions, Scientific Reports 1, 162 (2011).
[7] H. De Raedt, B. Barbara, S. Miyashita, K. Michielsen, S. Bertaina and S. Gambarelli, Quantum simulations and experiments on Rabi oscillations of spin qubits: Intrinsic vs extrinsic damping, Phys. Rev. B 85, 014408 (2012).
[8] T. Nakada, T. Mori, S. Miyashita, M. Nishino, S. Todo, W. Nicolazzai and P. A. Rikvold, Critical temperature and correlation length of an elastic interaction model for spin-crossover materials, Phys. Rev. B 85, 054408 (2012).
[9] K. Michielsen, T. Lippert, M. Richter, B. Barbara, S. Miyashita and H. De Raedt, Proposal for an Interference Experiment to Test the Applicability of Quantum Theory to Event-Based Processes, J. Phys. Soc. Jpn. 81, 034001 (2012).
[10] S. Miyashita, T. Shirai, T. Mori, H. De Raedt, S. Bertaina, and I. Chiorescu, Photon and spin dependence of the resonance lines shape in the strong coupling regime, J. Phys. B (2012) in press.
[11] T. Mori, Instability of the mean-field states and generalization of phase separation in long-range interacting systems, Phys. Rev. E 84, 031128 (2011).
[12] S. Nakamura, Y. Yamauchi, M. Hashisaka, K. Chida, K. Kobayashi, T. Ono, R. Leturcq, K. Ensslin, K. Saito, Y. Utsumi and A.C.Gossard, Fluctuation Theorem and Microreversibility in a Quantum Coherent Conductor, Phys. Rev. B 83, 155431 (2011).
[13] G. Benenti, K. Saito and G. Casati, Thermodynamic Bounds on Efficiency for Systems with Broken Time-reversal Symmetry, Phys. Rev. Lett. 106, 23602 (2011).
[14] K. Saito and H. Tasaki, Extended Clausius Relation and Entropy for Nonequilibrium Steady States in Heat Conducting Quantum Systems, J. Stat. Phys. 145, 1275-1290 (2011).
[15] K. Saito and A. Dhar, Additivity Principle in High-dimensional Deterministic Systems, Phys. Rev. Lett. 107, 250601 (2011).
[16] A. Dhar, K. Saito and P. Hanggi, Nonequilibrium density matrix description of steady state quantum transport, Phys. Rev. E, 85, 011126 (2012).
[17] K. Saito, G. Benenti, G. Casati and T. Prosen, Thermopower with broken time-reversal symmetry, Phys. Rev. B, 84, 201306 (2011).
[18] 宮下精二, 熱統計力学における物理イメージと数式表 現:状態量とエントロピー, 数理科学 No.576 特集: 物理イメージと数式表現 発想と思考の補助線をたどる, pp20-26.

学位論文

[19] Chihiro Matsui, Quantum inverse scattering method for higher spin systems, Doctoral thesis, The University of Tokyo (2012).
[20] Shun Kamatsuka: Master thesis, Incompletely Ordered Phase in three dimensional ferromagnetic system, The University of Tokyo (2012).
[21] Taro Nakada: Properties of phase transitions due to an elastic unteraction, Master thesis, The University of Tokyo (2012).

以前の論文はこちら。